茂木健一郎『すべては音楽から生まれる』 

ある音楽体験において、どれだけ文字や数字を尽くしても、実際になにが起きているのかは、結局、説明できない。だが、もっともらしい解説や分析では把握できない、音楽の中で微笑む「なにか」のクオリアによって、音楽が始まる前には全く存在しなかった感情や情動が<私>の中に生まれるということだけは、わかる。
 これが音楽の魅力であり、すごさだと思う。
 やっぱり音楽はすごい。音楽には、かなわない。これが、物理学、法学、生物学、脳科学を研究してきた一人の男の、素直な気持ちである。

 確かにあまりにも素直であるし、大体アンタそんな曖昧なままで良いのか、と思わないことも無い。しかし解説や分析などの意味を超えた強度が音楽に潜んでいるということだけは、わかる。まさに筆舌に尽くしがたいというヤツなのだ。私も音楽を愛するものとしてそれを信じずにはいられない。
 上の様なスタンスであるから、もちろんこの本はある楽曲を解説するような本じゃない。
「音楽」という体験や音楽の持つ訳の分からない力について、クラシック音楽と結びつけつつ書いているのである。そして話は人生、生き方と音楽という所まで行き着く。
 どうせなら歌詞についての言及などしないで、もっと徹底した「良く分からない美しさ」について書けばよかったとは思う。しかし筆舌に尽くしがたいものを文章にするという、思いきりパラドキシカルな事をやろうとしているから仕方が無いのか。
音楽もスゴイが、茂木さんもスゴい。